「モラル傷害」はトラウマや異常なストレスを感じる状況において、自己や他者が深く抱いている道徳的信念や期待に反することを裏切ったり、防げなかったり、目撃したりすることで生じます。例えば、兵士が戦争などの極限状況において自分の宗教的信念や倫理・道徳に反して組織の命令で殺傷行為をすることで生じる心理的外傷として報告されています。
コロナ禍では医療者においても十分な医療資源がある状況では生じにくい、患者へ人工呼吸器装着の優先順位をつけることや感染対策上、尊厳のある看取りができないことへのモラルの傷つきが報告されています。
心的外傷後ストレス障害(PTSD)は生死に関わる強い衝撃を受けた後、その体験の記憶が心理的外傷・トラウマ体験として意図せず、反復的に想起される。体験としては性的虐待、強盗・監禁体験、自然災害、人為災害、事故、家庭内暴力、戦争体験などがあります。 外傷的出来事の時に感じた恐怖や無力感が、記憶として強く固定したり、消去されない状態がPTSDの病態に関与しているとされています。 PTSDの症状は①侵入、②持続的回避、③認知と気分の陰性の変化、④覚醒度と反応性の著しい変化がある。被害当時の出来事、感情、思考、身体感覚などを再び感じる再体験症状がある。出来事と関連する状況や物事と接触を回避することや記憶の一部が想起出来ない麻痺症状などがあります。 上記の様な出来事があり、このような症状が1ヶ月以上続いたらPTSDを考えます。
心的外傷後成長(PTG)とは、心的外傷や非常に困難な生活環境の後、経験する可能性のあるポジティブな心理的変化のことです。
つらい経験がトラウマとなって心身に影響を及ぼす「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」、そしてそのトラウマを引き起こす可能性のあるようなつらく、苦しい経験をきっかけとした心の成長「PTG」(Posttraumatic Growth、心的外傷後成長)が研究されてきています。
米国で1995年に提唱された比較的新しい概念です。
つらい経験がトラウマとなって心身に影響を及ぼす「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」があります。 そのトラウマを引き起こす可能性のあるようなつらく、苦しい経験をきっかけとした心の成長を「PTG」(Posttraumatic Growth、心的外傷後成長)と考えます。 つらい経験をきっかけに食欲不振や不眠など、さまざまな心と体の症状としてPTSDが表れたり、通常の社会活動が営めなかったりした場合、カウンセリングや投薬による治療が必要となります。 「つらい過去の経験は変えられない」として、「なるべく前向きにとらえよう」とか、「ポジティブな面を見て問題を解決しよう」と考えること、あるいは、精神的な回復力やストレスに抵抗する力としての「レジリエンス」が重要視され、それが広く普及しています。 気持ちを切り替え、自分らしさを生かして前へ進む人もたくさんいます。 一方で、あまりにも大きな出来事、例えば子どもを亡くすとか、積み上げてきた地位を失うことなどがあった場合、到底、切り替えられないことがあります。PTGは、はたから見ると考えても仕方のないようなことかもしれませんが、それをずっと考え続ける「精神的なもがき」を経て、自分が「変わった」という実感をいだく心の成長であると、米オークランド大の宅香菜子教授はおっしゃいます。 成長を実感したからといって、問題や症状は解決していないかもしれません。 そのため、PTGという心の成長はゴールではなく、「自分の中で、前の自分と今の自分は違う、あの出来事があって今の自分がある」という実感を指します。 「なるべく早く治りたい」「トラウマが起きる前に戻りたい」と誰もが思います。しかし、それがかなわない状況で、生きる支えになるのがPTGと考えます。
Moral suffering(類語:Moral distress,和訳:道徳的苦痛)は、専門家が日常業務の中で道徳的問題を認識し、判断を下すものの、その道徳的価値観に従って行動できないとき(Moral dilemma時)に引き起こされる精神的な苦痛のことを指します1)。 与えられた状況において、その倫理的・道徳的な位置づけに従って行動することができない無力さによって、道徳的熟慮の過程を不可能にします。 パンデミック時の医療経験が、医療者の道徳的誠実さ(Moral integrity)を傷つけ、道徳的苦痛を生み出し、医療者の安全、健康、幸福に影響を与えることを考えると、道徳的熟慮に好ましい条件を提供することが必要であり、そのことは提供するケアの質にも、職場環境にも影響を与える2)と考えられています。
「モラル苦悩」の概念は30年以上前から看護現場で報告されており、“ モラル苦悩とは社会の慣習に対して明確な道徳的判断を持ちながら、その懸念を表明する場を見つけることが困難な場合に生じるものである。”1)と定義されています。 道徳的判断を実行する上での制限となるものには、“外部からの制約”と“内部からの制約”があり、前者は他職種・管理・法律や訴訟といったものを示し、後者は例えば看護師自身の自信のなさや、命令に忠実であることが社会から求められている場合などがあります。2) 重症患者医療、終末期医療などでこの様なモラル苦悩が経験されることが報告されています。 「モラル苦悩」はモラルが傷つく出来事に接したときにネガティブな反応を引き起こし、共感疲労や燃え尽きといったメンタルヘルス上の問題が生じることもあるといわれています。3) 「モラル苦悩」のネガティブな反応は以下のような側面が相互に影響しあっているといわれています4)
Johns Hopkins 大学Rushton 博士はモラルレジリエンス(道徳的回復力)を“ 道徳的な逆境に対して個人が誠実さを維持または回復する能力 ”1)と定義しています
モラルレジリエンスの要素の1つである「誠実であること」は「道徳的な一貫性」を意味します。医療者は職業上、道徳的な基準に従って行動し、誠実にそれを行うことを常に求められます。誠実な行動には自分自身の本質的な価値観とコミットメントに沿った行動を見極め、その価値観と行動の一貫性と全体性を失わないことが含まれています。このことは道徳的回復力の中心的な概念ととらえられています
「モラル苦悩」が医療者のメンタルヘルスの悪化を引き起こすことは持続的にいわれてきました が、その長期的な解決策が見出されていませんでした。Rushton博士らはこの「モラルレジリエンス」を高めるプログラム「Mindful Ethical Practice and Resilience Academy」を開発し、効果の検証を行っています。
Moral dilemma* (類語:Ethical dilemma,Moral uncertainty,和訳:道徳的ジレンマ)は、ある物事に対して道徳的判断を行ったが、何らかの制約があり、その判断に基づいた行動ができない場合に生じる葛藤や、そもそもどのような道徳的判断を下すことが正しいか、不確かなときに生じる葛藤です。何らかの制約とは、例えば制度上の構造、上司や同僚の意見に従う必要がある場合などです。 コロナ禍においては、医療従事者自身や家族も感染が怖いのに病院の指示でCOVID-19病棟に配属された、重症患者が多すぎて人工呼吸器をつける患者を選定しなくてはならない、などの葛藤が挙げられます。
*Dilemmaとは、標準的な哲学的見解では、2つの競合する同じくらい強い義務があり、その両方を満たすことができない場合に発生するとされています3)。